イラストレーター、ジャック・レインウッド

 

ジャック・レインウッド氏(JACK LEYNNWOOD)は50年代〜60年代、レベルキットの箱絵を数多く手がけたイラストレーターです。JACK LEYNNWOODという名前は知らなくとも、その絵の素晴しさと独特のサインで往年のモデラーには特になじみの深いイラストレーターではないでしょうか。私もレインウッド氏の描く絵の大ファンで、もうはっきり言ってレベルのキットはこの箱絵の素晴しさで惚れ込みました。現在どんなにいい新キットが出ても、レインウッド氏の絵箱のレベル1/72He-219やA-20, ランカスターまたは1/32 Pー51B,BFー109F、モスキート等々(まだまだ書き切れませんが)にイメージをかきたてられてしまいます。私がレインウッド氏の絵が好きなのは、正確無比を目指して描かれる最近のメカ物イラストにはない「絵としての魅力」、つまり大胆な構図と緻密なデザイン配色による「演出」の素晴しさです。「あでやかさ」があり「絵に花がある」と言ったらおおげさに聞こえるでしょうか。いくら実機の色に忠実と言っても絵が空虚では魅力は感じません。氏のレベル1/32スピットファイアの箱絵を指して、「色が正確でないからダメ。模型の塗装には参考にならない。」と言った人がいます。塗装には参考にはならないかもしれませんが私はスコードロン・パブリケーションのドン・グーリア氏のイラストとこのスピットの箱は同次元では語れません。(閑話休題)

この頃のレベルは「素晴しい箱絵がセールスにつながる」と確信し、レインウッド氏以外にも有名なイラストレーターを何人も起用、60年代前半には「ピクチャー・フレーム」なるシリーズも作られました。これは簡単な配慮ですが箱絵のタイトル文字などが箱絵にかからないようレイアウトされ、キットを作った後は箱絵を「額に入れて飾ろう」と言うわけです。

レインウッド氏のことを私は「こんなに絵のウマイ人はイギリス人違いない。」と勝手に思い込み、^^;また全く見かけなくなったのでてっきり亡くなったためだと思っていました。実は生粋のアメリカ人で、ご健在でした(失礼)。

レインウッド氏は模型の箱絵を描かなくなってからもロッキードのアニュアル・レポートなどコーポレートの仕事を第一線で続け、トップ商業イラストレーターとしてずっと活躍していたそうです。70年代に入ってレインウッド氏が模型業界から姿を消した理由の一つに、プラモデルのブームが過ぎメーカーもレインウッド氏クラスのトップイラストレーターのギャラを払えなくなった事が挙げられます。この話からも60年代アメリカのプラモデル産業が如何に景気がよかったかが伺えますね。これはモデラーなる人種が出現するずっと前の話ですが(笑)この頃は一般 大衆にもプラモデル作りが趣味として大流行し、それこそ老若男女〜誰もがプラモを最低一つや二つは作ったのですから。

そしてもう一つの理由は写真箱の出現で、絵自体の需要が急に減ったからです。この背景には消費者団体からの「箱絵に飛行機が3機かかれているのに一機しか入っていないのはよろしくない」または「人が描かれているのにフィギユアが入ってない」などというクレームがあり、多くの模型メーカーが誇大広告などの訴訟を恐れ弁護士の勧めで写 真箱にきりかえてしまったからです。私などこれは「プラモ史に於ける魔女狩り」と言ってもいいと実に忌まわしく思うのですが、わざわざ高いイラストレーターを雇っていた頃と比べれば、まさにプラモデル受難の時代と言っていいでしょう。あの有名なタミヤの箱=白ヌキバックの意匠が生まれた背景にもこの風潮に対する考慮があったと聞きます。80年代以降、徐々にこういった無粋な枠は緩和されメーカーが箱絵を再び使うになったのは喜ばしい事ですが、絵の質に限って言えば最近のアメリカ製キットに残念ながら昔の面 影はありません。 レインウッドさんは最近まで、ロスアンジェルスのパサディナにあるアートセンターで商業イラストを教えていたそうで、現在はリタイアしてニューメキシコに住んいるということです。

私はレインウッドさんの原画を見たことがありますが、それはレベル1/72「隼」と「F4Uコルセア」の2機入コンボ・キット、ファイティング・デュースの箱絵でした。原画は箱絵よりわずかに大きいだけでグアッシュ(日本で言うポスターカラー)で大胆に描かれているのが私には驚きでした。当時はまだアクリル塗料のない頃ですし、絵のタッチから私はレイウッド氏の原画はてっきり油絵の具で描かれていると思っていたからです。グアッシュは乾くと表面がきれいな完全つや消しになるのでそれ分かるのですが、驚いたのはこの不透明水彩 塗料はデザインなど単色を均一に塗る場合に適していてその発色は抜群ですが、ぼかしやブレンドなどにはまったく向いておらず、いわゆる「絵」をこの絵の具で描くのは非常に難しいからです。油絵の具も一般 には不透明ですが(薄めて水彩の様にも使う)このグアッシュは下書きが見えなくなるのに加え、「失敗の直しが利かない」という大ハンディがあり、色が濁っても、うっかり水をたらしても、その美しい艶消しの表面 にシミが出来て二度と消えないのです。うっかりクシャミをしようものなら、まさに「振り出しに戻る」です。

レインウッド氏の絵はレベルの他の箱絵を見てもそうですが、この絵の具を使って水の飛沫や雲の表現など思いきりよく一気に描いているのが驚きです。もちろん習作をしてからでしょうが、原画を見ても一気に比較的短い時間で描かれた事が分かるのです。

油絵の具のかわりにグアッシュを使ったのは、たぶんこの絵の具の発色がよく、製版カメラを通 しても色の再現性が高いからだと思われます。確かに油絵の具はコントロールしやすく深い色調は大変素晴しいのですが、油絵の美しい色調は未だに印刷で最も再現しにくいものの一つだからです。こんなところにも商業画家レインウッド氏の「プロ」を感じてしまいました。今のイラストにはあまり見られませんが、漫画などによくあるスピードを表現するための軌跡が書かれているのも興味深いですね。

現行のプラモデルメーカー「グレンコ」(GLENCOE)はオールドキットを復刻するメーカーとして有名ですが、グレンコ「WW I サブ・チェイサー」の箱絵にレインウッド氏が起用されていますね。グレンコはキットのみに飽きたらず、最近は当時のモデラー座右の書だった「ARCO-AIRCAM」の資料本も復刻出版するなど相変わらずの徹底ぶりです。また箱絵も航空画家で有名なアメンドーラ氏を起用したりと我々レトロ・キットファンには心強いメーカーですが〜果 たして採算は採れるのか?とちょっと心配にもなってしまいます。以前、日本の雑誌のキット紹介記事で「このグレンコは元々シカゴの模型屋なので、おおかた販権無視の海賊版キットメーカーであろう」と書かれているのを見かけました。グレンコの名誉のためにもはっきり書きますが、グレンコは海賊版メーカーなどではありません。そもそも海賊版メーカーが有名な航空画家を使う筈がありません。(ひょっとしてこの絵も海賊版と思ったのかなあ?)まあこういったあまり売れそうもないキットをしっかり出すところが怪しかったのでしょうが、グレンコキットはメキシコや南米まで流れて行った旧ITCキットなどの金型を正式に回収し、社長自ら金型の修復をして復刻したものです。レインウッド氏の描いたこのグレンコ「WW I サブ・チェイサー」の絵はまったくの新作ですが、これは自身がレインウッド・アートの大ファンであるグレンコ社長たっての頼みで、レインウッド氏が久々に絵筆をとったものだそうです。

【追悼】この記事を書いた後にレインウッドがお亡くなりになったのを知りました。慎んで氏のご冥福をお祈り致します。

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